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東京地方裁判所 平成8年(ワ)1021号 判決

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  原告は参加原告に対し、別紙物件目録記載の建物を明け渡せ。

三  原告は参加原告に対し、別紙物件目録記載の建物について、別紙登記目録一、二記載の各登記の抹消登記手続きをせよ。

四  被告内山尚美は参加原告に対し、平成七年二月一日から、別紙物件目録記載の建物を明け渡すまで、一か月二三万円の割合による金員を支払え。

五  被告金本鐘福は参加原告に対し、別紙物件目録記載の建物について、別紙登記目録三記載の仮登記の抹消登記手続きをせよ。

六  訴訟費用は、参加原告に生じた費用の四分の三と原告に生じた費用は原告の負担とし、参加原告に生じた費用の四分の一と被告金本鐘福に生じた費用は被告金本鐘福の負担とし、被告内山尚美に生じた費用は被告内山尚美の負担とする。

七  この判決は、二、四項に限り仮に執行することができる。

理由

【事実及び理由】

第一  請求

一  甲事件

1 被告内山尚美(以下「被告内山」という。)は原告に対し、別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を明け渡せ。

2 被告内山は原告に対し、平成七年一月二七日から右明渡済みまで一か月二三万円の割合による金員を支払え。

二  乙事件

1 主文二ないし四項同旨

2 (予備的請求)

被告内山は参加原告に対し、平成七年一二月九日から本件建物明渡済みまで一か月二三万円の割合による金員を支払え。

三  丙事件

主文五項同旨

第二  当事者の主張

一  甲事件請求原因

1 本件建物は、参加原告の所有である。

2 参加原告は、平成四年一二月九日、高森雅幹こと高正元(以下「高森」という。)に本件建物を賃貸し、同日本件建物につき賃借権設定登記を経由した。

3 高森は、同月二二日、本件建物を、期間二年間、賃料月額二三万円、毎月二七日限り翌月分を支払う、敷金は家賃の三か月分との約定で被告内山に賃貸した。

4 原告は、平成五年六月七日、高森から本件建物の賃借権を売買によって譲り受け、同月一四日、賃借権移転登記を経由し、本件建物の賃貸人たる地位を取得した。

5 原告は、平成五年六月一六日付で被告内山に対し、賃借人たる地位を取得した旨通知し、それ以来被告内山から賃料の支払いを受けていた。

ところが、被告内山は、平成七年一月二七日以降支払うべき賃料の支払いをしない。

6 原告は被告内山に対し、平成七年二月一五日到達の内容証明郵便により、賃料支払いの催告をしたが、被告内山は支払わなかった。

7 原告は被告内山に対し、平成七年五月四日到達の内容証明郵便により、被告内山との間の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

8 よって、原告は被告内山に対し、賃貸借契約の終了に基づき、本件建物の明渡と、平成七年一月二七日から明渡済みまで一か月二三万円の割合による賃料及び賃料相当損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告内山の認否と主張

1 請求原因1の事実は認める。

2 同2の事実のうち、高森の賃借権設定登記が経由されていることは認め、その余は否認する。

3 同3の事実は認める。

4 同4の事実のうち、登記の経由は認め、その余は知らない。

5 同5ないし7の事実は認める。

被告内山が賃料の支払いを止めたのは、本件建物の所有者である参加原告から、本件建物の明渡の請求を受けており、また原告には賃貸権限がない旨の説明を受けているからである。

三  乙事件請求原因

1 本件建物は、参加原告の所有である。

2 本件建物につき、別紙登記目録一、二記載の各登記(平成四年一二月九日受付賃借権設定登記・賃借権者高森、平成五年六月一四日右賃借権設定登記・賃借権者原告)が経由されている。

3 原告は、本件建物を被告内山に賃貸することによって占有している。

4 被告内山は本件建物を占有している。

5 2記載の高森の賃借権設定登記は次のとおり原因関係が存在しない。

(一) 参加原告は、平成四年一二月ころ、高森に六〇〇万円の融資を申し込み、高森が右六〇〇万円及びその利息回収のために賃料収入を上げることができるようにする目的で、本件建物について賃貸借契約を締結し、三年間に限り本件建物の賃貸権限を与え、右賃借権設定登記のための委任状も交付した。高森はとりあえず四〇〇万円を融資し、同月末までの残りの二〇〇万円も融資すると約束したが、右約束は履行されなかった。

(二)(1) 参加原告は、平成五年一月、高森に対し、右追加融資の約束の不履行を理由に、高森との間の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

(2) 原告は右解除原因について悪意の第三者に該当する。

(三) 債権の担保としての賃貸借契約は、賃貸借契約の実質を伴わない契約であるから、原告は賃借権に基づく主張をすることは許されない。

(四) 高森が被告内山に対して本件建物の賃貸を始めてから、少なくとも二年間に渡って、被告内山は賃料を支払ってきたのであるから、高森は月額二三万円の二年分で合計五五二万円の債権を回収したことになる。したがって、高森は、参加原告に貸した四〇〇万円及び金利について回収済みとなるので、債権担保のための賃貸借契約は終了した。

6 仮に、以上の主張が通らないとしても、高森の賃借権は、その設定日(平成四年一二月九日)から三年間を経過した平成七年一二月八日に期間満了によって終了した。

7 よって、参加原告は原告に対し、所有権に基づき本件建物の明渡と、別紙登記目録一、二記載の各登記の抹消登記手続きを求め、被告内山に対して不法行為に基づき、主位的には平成七年二月一日から、予備的には、平成七年一二月九日から本件建物明渡済みまで一か月二三万円の割合による賃料相当損害金の支払いを求める。

四  乙事件請求原因に対する原告の認否と主張

1 請求原因1ないし3の事実は認める。

2 同5の事実については、参加原告と高森との間には、平成四年一二月九日に賃貸借契約が成立しており、賃料は三年分四〇〇万円との約束で、全額前払いされている。

また、原告は、高森から右賃借権を平成五年六月七日に買い取ったものであるが、その際賃借期間の延長を申し出たところ、高森を通じて、参加原告においても、延長料として五〇〇万円を受領した上で賃借期間を平成一二年一二月八日まで延長する旨を承諾した。

したがって、原告の賃借権は存続している。

(右主張に対する参加原告の認否)

参加原告において賃借期間の延長を承諾した事実はない。

五  乙事件請求原因に対する被告内山の認否

被告内山に関する請求原因事実はすべて認める。

六  丙事件請求原因

1 参加原告は、本件建物を所有している。

2 本件建物には、被告金本鐘福(以下「被告金本」という。)を権利者とする別紙登記目録三記載の仮登記が経由されている。

3 よって、参加原告は被告金本に対して、所有権に基づき同仮登記の抹消登記手続を求める。

七  丙事件請求原因に対する被告金本の認否と主張

1 請求原因事実は認める。

2 被告金本は、原告の発行済株式の半数を有する株主であり、原告の業務を代表取締役を補助して行っている者であるところ、原告が高森から本件建物の賃借権を譲り受ける際一一五〇万円の支出を要したが、原告の資金繰りの都合上、うち五〇〇万円については、被告金本が原告に貸し付けたものである。

被告金本は原告に対する賃金を担保するために、別紙登記目録三記載の仮登記(被告金本を権利者とする賃借権設定仮登記)を経由した。

第三  当裁判所の判断

一  《証拠略》によれば、次の事実が認められる(一部争いのない事実を含む。)。

1 参加原告は本件建物を所有している。

2 参加原告は、不動産の売買、仲介及び管理業務等を業とする会社であるが、平成四年一一月ころ金銭に窮して、当座の運転資金を金融業者である高森から借用することとし、同年一二月九日、高森から四〇〇万円を借り受け、高森による右貸金債権の回収のために、本件建物について、高森を賃借人とする賃貸借契約を締結した。賃借期間は三年間、右賃借期間中の賃料は四〇〇万円で全額前払い扱いとされ、賃借権は譲渡転貸することができるとの特約も締結された。そして、右賃貸借契約に基づいて同日、高森を賃借権者とする賃借権設定登記が経由された。

3 そして、参加原告は、高森のために本件建物の賃借人を募集し、これに応じた被告内山が、平成四年一二月二二日、高森との間で、期間二年間、賃料月額二三万円、毎月二七日までに翌月分払い、保証金家賃の三か月分の約束で賃貸借契約を締結した。

4 以来、被告内山は、高森に対して継続して賃料を支払っていた。

5 原告は、平成五年六月七日、高森から、本件建物の賃借権及び左記の建物に関する高森の賃借権を合計一一五〇万円で譲り受ける契約を締結した。

(一棟の建物の表示)本件建物と同じ

(専有部分の建物の表示)

家屋番号 《略》

種類 居宅

構造 鉄筋コンクリート造二階建

床面積 二階部分 五七・九九平方メートル

三階部分 五七・九九平方メートル

6 原告は、被告内山に対して、新たに本件建物の賃貸人となった旨を通知するとともに、平成五年六月一六日、被告内山との間に賃貸借契約書を作成した。

被告内山は、以後平成七年一月分まで原告に対して賃料を支払った。

7 本件建物には、平成二年一一月一九日登記済の、株式会社セントラルファイナンスを権利者とする債権額九億二〇〇〇万円の抵当権及び平成三年五月二〇日登記済の株式会社住総を権利者とする極度額三億円の根抵当権が設定されており、平成五年六月一〇日には、四谷税務署の差押登記が、同年六月二八日には株式会社セントラルファイナンスの差押登記がなされている。

二  以上の事実に基づき検討する。

1 前述のとおり、高森の賃借権は、本件建物を転貸し賃料を取得することによって、参加原告に対する四〇〇万円の貸金の回収をはかるために設定された権利である。このような賃借権は、その実体的効力を競売手続きにおいて認めると、先順位抵当権者に劣後する債権者が、短期賃貸借の形式を利用して先順位抵当権者に優先して債権を回収することを許容することになり、先順位抵当権者の把握した担保価値を侵害して担保法秩序を破壊する結果となるから、競売手続きにおいてはその実体的効力を否定すべきであり、競売によって物件を競落した買受人は、右賃借権の実体的効力を否定することが許されるというべきである。しかし、競売手続きにおいてはその効力を否定されるとしても、右のような賃借権を設定した債務者本人と賃借権の設定を受けた債権者との間において、競売手続き外において効力が問題となる際には、右のような契約も債権契約としては有効でありその効力をすべて否定することはできない。

しかし、契約の効力を認めるとしても、右のような賃貸借契約は債権回収目的の契約であって賃借人の用益を目的とした本来の賃貸借契約ではないのであるから、その実質に応じた効力を肯定すれば足りる。すなわち、右契約に基づく賃借権の実体は、債権者に対して、当該物件を第三者に賃貸して賃料を取得する権限を与え、その賃料収入を債権の弁済に当てることを認める旨の契約であり、右実体に応じた効力に限りこれを肯定すべきなのであり、用益権の保護を目的とした民法や借家法の契約更新等の諸規定の適用の余地は存在しないというべきである。

したがって、高森が本件建物を転貸することによって、参加原告に対する貸金である四〇〇万円及びこれに対する金利(利息制限法所定の制限利息の範囲内に限ることはいうまでもない。)を回収した場合には、高森の賃借権は目的を達して消滅するというべきであり、その後賃貸借契約が存続したりこれが更新されるということはあり得ないと解するべきである。

2 そして、参加原告は、平成四年一二月九日、高森から四〇〇万円を借り入れたのであり、右借入金に対して利息制限法所定の制限利息である年一割五分の割合による利息の支払義務が生じているとしても、その後賃借人である被告内山は、平成五年一月分から平成七年一月分まで月々二三万円(合計五七五万円)を高森及び高森から賃借権を譲り受けた原告に対して支払っており、右賃料が前記借入金の元本及び利息の弁済に当てられるのであるから、平成七年一月までには、前記元本及び利息が完済されていることは計算上明らかである。

3 しかし、原告は、原告が賃借権を高森から譲り受ける際、参加原告に承諾料を支払って賃借期間を平成一二年一二月八日まで延長する旨の承諾を受けた旨主張し、右主張に沿う証拠として甲六号証の一、二を提出する。甲六号証の一は、参加原告の記名印及び実印の押捺された五〇〇万円の領収書(平成五年六月七日付)であり、但書として、「東京法務局新宿出張所平成四年一二月九日受付第三四五三二号(注・前記一5記載の建物について)及び同第三四五三三号賃借権設定登記(注・本件建物について)の期間延長(平成一二年一二月八日まで)の延長賃料全額」との記載があり、甲六号証の二はこれに添付された参加原告の印鑑証明書である。

右主張通り、参加原告が五〇〇万円の金員を受領していたならば、右賃借権によって担保される債権の元本が右同額増加する結果となる。

これに対して、参加原告代表者は、甲六号証の一は参加原告において作成したものではなく、期間延長の話は、高森からも原告からも聞いたことがなく、また期間延長に関する承諾料も受け取っていない旨供述する。

そこで、参加原告の期間延長の承諾の有無及び承諾料取得の有無について検討するに、まず、乙六号証の一には、賃貸借期間を平成一二年一二月八日までとする旨が記載されているのに、原告と高森との賃借権譲渡契約書(甲七号証の一、甲六号証の一と同一日付である。)にはそのような記載はないところ、賃貸借期間がいつまで存続するかは重大な関心事であるはずであり、譲渡契約時に参加原告の承諾によって賃貸借期間が平成一二年一二月八日までとされていたならば譲渡契約書にもその旨が記載されるはずであること、高森から原告に対する賃借権の譲渡に関しては、加藤孝博や白石健一といったブローカー的な人物が介在しており、同人らは、参加原告の記名印及び実印の押捺された委任状(甲一〇号証添付のもの)を所持していたところ、右委任状はB4の大きさの用紙に縦書きで委任事項等が記載されているが、委任事項は右用紙の半分程度しか記載されておらず残りは白紙のままにされており、右委任状は白紙にあらかじめ参加原告の記名印及び実印が押捺された用紙を利用して作成されたものであって、特定の委任事項のために準備された書面ではないと推測されること、《証拠略》によれば、加藤は、高森名義の委任状(甲一〇号証添付のもの)と参加原告名義の右委任状を所持していたが、右各委任事項には、賃借権の売買代金一一五〇万円は、高森が受領する旨が明記されており、参加原告において受領する旨の記載はないこと、高森と原告との契約に参加原告代表者やその社員は一切立ち会っておらず、仮に参加原告が五〇〇万円の支払を受けることになっていたのならば、右契約に参加原告らが立ち合わないのは不自然であること、《証拠略》によれば、当時参加原告は事実上の倒産寸前の状態にあって、金策のために白紙の委任状や甲六号証の一と同一書式の領収書、印鑑証明書などが社内に準備されており、社員の中には、参加原告代表者の承諾なくこれをほしいままに使用する者もいたことが認められること、といった事実が認められ、右各事実及び《証拠略》によれば、甲六号証の一が真正に成立したものであるか疑わしいというべきであり、原告が高森に支払った代金の一部が、参加原告に渡ったこと及び参加原告が賃借期間の延長を承諾していたことについては疑問の余地が大きくその事実を認めることはできない。他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

4 そうすると、原告が譲り受けた高森の賃借権(第三者に転貸して賃料を取得する権限)は、右賃借権で回収するものとされた高森の参加原告に対する貸金が回収されたことによって、平成七年一月までに消滅したというべきであり、したがって、原告の賃借権も消滅したことになる。

三  甲事件の請求について

以上のとおり、原告の賃借権は平成七年一月までに消滅したことになるので、原告と被告内山との賃貸借契約は、原告が本件建物に対する賃借権を失い、本件建物を利用する権限を失った以上、履行不能により終了したというべきである。

したがって、原告の被告内山に対する賃貸借契約終了に基づく明渡請求並びに賃料及び賃料相当損害金の請求にはいずれも理由がない。

四  乙事件の請求について

1 原告は本件建物に対する賃借権を有しないから、参加原告の原告に対する明渡請求には理由があるし、また、別紙登記目録一、二記載の登記については原因関係である賃借権が消滅し、登記原因を欠くに至っているので抹消登記手続請求にも理由がある。

2 原告が賃借権を失った以上、被告内山も占有権限を有しないことになるので、被告内山は、本件建物の明渡義務と、賃料相当損害金の支払義務を負うところ、参加原告は、被告内山に対し平成七年二月一日以降の賃料相当損害金月額二三万円の支払いを求めており、賃料相当損害金額は従前の賃料額が月額二三万円であったことから、右同額と認めるのが相当であるから、参加原告の被告内山に対する主位的請求には理由がある。

五  丙事件の請求について

被告金本を権利者とする別紙登記目録三記載の賃借権設定仮登記が経由されていることは当事者間に争いがないところ、同被告はその登記原因として、原告に対する債権を担保するために設定したものである旨主張し、同被告の本人尋問でも同旨の供述をするが、右主張にかかる事実は賃借権設定仮登記の登記原因とならないことは明らかであるので、右仮登記は登記原因を欠き無効である。したがって、参加原告の抹消登記手続請求には理由がある。

六  以上のとおり、原告の請求には理由がないのでこれを棄却し、参加原告の原告、被告内山及び被告金本に対する請求にはいずれも理由があるのでこれを認容することとし、民訴法八九条、九二条、一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小野憲一)

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